静かな夜だ。
街の人工的な明かりは徐々に消えてゆき、今や蛍火のような光を点々と残すのみ。
昼間、街を賑わした人々は、今日という一日を平和に過ごせた事に感謝し、明日の無事を祈り、深い眠りについていることだろう。
静寂(しじま)。
風もなく穏やかな真夜中。
微かに聴こえる音は、これから始まろうとする出来事への警鐘か、はたまた広い空一面に散らされている、あの星々の瞬きか――。
静寂の街を、この街において一番高い場所から眺めている人物がいた。
丁度レジェンアース大陸の中心に位置する、クロムハイム帝国の首都、シックザールブルクの宮殿の一塔。
円形都市シックザールブルクの、文字通り中核となる部分の、小高い丘の上に聳え立つ宮殿の一角に、その人物はいた。
移ろいゆく街の光景をじっと眺めていた彼、レーシュヴァルツ・フォン・ローエンデーゲン・クロムハイムは、ふとした瞬間に、上空を仰いだ。
彼は方向を見定めるために視線を馳せた。
鋭い光を湛えたアメジストの瞳は、ややあってある一点を捉え、離さなかった。
遥か遠く、北の空に輝く一等星。
青白く輝くその星は、見る角度によって緑や赤へと色を変える、“遊色”を持つ。
「もうすぐだ……」
その星と同じ遊色の宝玉を想い、彼は一人呟いた。
視線を落とし、一度瞬きをしてしまえば、既に希望や情熱の跡はない。
幼少時より“仮面の心”と言われ続けたその表情で、彼は静かに踵を返した。
いつの間にかに寄り添うように立っていた影と、特に驚いた様子もなく視線を交わし合い、彼はそのまま暗闇へと続く塔の階段に、消えた。
彼が見えなくなると、ふと現れた人物は皮肉めいた笑みを浮かべながら、先程の呟きに続けるように、「嵐が来るのが、ね」と一人ごちた。
風がその人物の闇色の髪を揺らした。
その人物も、北の一等星を一瞥した後、夜の静寂へと姿を消した。
ポツリ。
二人の去った後に星の光は無く、静かに降り始めた雨は、やがて雷鳴を従え、暴風を纏って、夜の静寂を飲み込んだ。