……毎回こんな感じである。
彼女、セリカ・エイデルヴァイン・オパールは、オパール王国の第二王女であるにもかかわらず、こっそり城を抜け出す癖がある。それも、数えていてはきりが無いほど、頻繁に。そして毎回厄介ごとを背負い込むのは、彼女のボディーガードを勤める少年、アベル・ガードランド、彼なのである。
城の少年騎士団の副団長であり、セリカの幼馴染でもあるアベル。真面目な性格と確かな剣の腕、それに父親の人望により、平民としては珍しい大役を与えられている。そんな彼は、もう慣れっこだと言えども、今日は日が日であるために、普段以上に頭の痛い思いをさせられているのであった。勿論悩みの種であるセリカ自身は、そんな自覚は毛頭ない。
「あ、見てあのぬいぐるみ! カワイイ〜!」
突然前方を指差してそう言うと、セリカは他より人だかりの多い通りに飛び込んでいった。
「ま、待って下さいよ、そんな人ごみに……あ、すみませんっ」
アベルは人にぶつかっては謝り、ぶつかっては謝りを繰り返しつつ、セリカを追いかけようとした。
が、慣れたように人の間をすり抜ける彼女の後ろ姿は、激しく行きかう人の波に隠れ、完全に見失うのに数分とかからなかった。
「ああ、また見失った……」
力なく言った“また”というのは、やはり毎度お馴染みのことであったからだ。アベルは、この先に待っているであろう、広大な庭の草むしりやトイレ掃除を思い、一人欝に入りかけた。しかしそんなことをしていても仕方がないので、こういう場合の待ち合わせ場所である中央広場の“銀の鈴を持った白熊さん像”のもとへと歩を進めることにした。
(参ったな。今日こそ無事に過ごせると――まあ、思ってないけれど)
心の中でうなだれながら、アベルは商店街――城へと続くメインストリートと垂直に交わり、通りの中で一番活気のある――を歩いていた。先程はあまり気に留めなかった店々や人々が、彼の目に飛び込んで来る。今日の天気のように晴れやかで良い雰囲気だ。
(皆楽しんでいるんだな)
アベルは顔を少しほころばせた。
そのまま顔を上げると、店と店の間の開けた空間に、奇妙なメイクをし、黄と緑の斑模様の服を着た道化師風の三人の男が、周りを囲む観客たちに、澄ましてお辞儀をしている所だった。彼らは続いて素早く風船を取り出し、子供たちを並ばせると、一人一人にそれを手渡し始めた。
通り過ぎるまでその様子を追おうと首を横に捻っていると、手に白い風船を握り締めた幼い少女が真横をすり抜け、嬉しそうに両親も元へ駆けていくのが見えた。彼女が両親に抱きつこうとして手を開き、小さな手から離れた白い風船が、青く広い空へと飛んでいくのも。
(年に二度の定期市……それも悪くないか)
いつの間にかに立ち止まって見上げていた、徐々に青へ吸い込まれていく白から目を外し、アベルは再び歩き出した。周りの人々も皆それを見追っているのに苦笑しながら。
しかし、その時。
「!?」
ふと見た方向に、裏路地へと続く家と家の間の狭い通路へ黒いボロ布を頭から被った人物が入り込むのに気がついた。セリカとは違った意味でこの場にそぐわしくないその人物は、次の瞬間には暗い路の向こうへと消えていた。
(今のはスリだろうか? 昼間からあんな格好をしているなんて怪しすぎるじゃないか)
アベルは怪訝な表情をしつつ、今しがた怪しい人物が消えた狭い通路へ歩み寄った。普段の少年騎士団の仕事の一つである、街の巡回の時のように。
ポン
不意に肩をたたかれ、
「誰だ!」
と叫びつつ勢いよく振り返り、相手のいるであろう方向に厳しい視線を向ける。右手は、いつも左腰に提げてある愛剣に、反射的に触れていた。
しかし、そこに待っていたのは、
「や、やだアベルったら、そんなに怖い顔して……そりゃ、いきなりいなくなったのは悪かったとおもってるけど〜」
いくらか前に追いかけた……が追いつかずに、探すのを諦めて待ち合わせ場所で出現を待つことにしたはずのセリカ――すっかり忘れていた主だった。
「セリカ様!」
途端にアベルは真っ青になって、彼女に向かって非礼を詫びた。
「も、申し訳ございません! このようなご無礼を……!」
突然のアベルの変化に驚いたセリカも、慌てた様に言った。
「え、ちょっとアベル、いいわよそんなに謝らなくても。私が悪かったんだしっ!」
どうやら彼女は、「心配性なアベルのことだから、私が見当たらないんで動揺しちゃったのねっ」と解釈したらしい。顔の前で軽く手を振りながら、困ったように笑いかけてきた。アベルはセリカを謎の黒尽くめと勘違いして怒鳴りつけたことより、忘れていたことに罪悪感を感じていたが、彼女はそのことに気づく様子もないようだった。
「アベルが誘拐犯と間違えて抜刀しそうになるほど、待たせちゃったんだものね。悪かったと思ってるわ。でも、あまりにも可愛いものがいっぱいあったものだから……」
彼女はすまなそうにそう言った後、パッと顔を輝かせて、「これが今日入ったばかりのぬいぐるみで〜、こっちがゴシックランド製のバッグでしょ〜」と、両腕に抱えられた山のような荷物の説明を始めた。
アベルは、今まで自責の念のため見えていなかったそれらを認めるや否や、声にならぬ声をかみ殺して、溜息をついた。
そして、自分たちに向けられた通行人の視線が異様な空気を孕んでいることに気づき、ついた溜息を飲み込みつつ、大急ぎでセリカを荷物と共に引きずって、城への帰路につくことにした。
しかし、これもいつものこと。