■BACK 第1章 4 ■NEXT TOP
始まり 4

「本来なら、これだって十分危険なことですが……。絶対に無理なことをしてはいけませんよ?」
「わかっているわ。大丈夫、ビクトールにお父様から頼まれたって言って聞き出すから。変に勘ぐられる前に撤退するし。あ、アリーシャ、さっき集められた場所は白雪の間って言ってたっけ?」
「はい。ですが、私たち召使が最後から二番目のグループでしたので、もうお部屋のほうにお戻りになられたかと……」
「よし、じゃあ、先に一階の白雪の間に行ってみましょう。で、いなかったら二階のビクトールの部屋に突撃よ!」
「そのようなことをなさったら、すぐに捕まってしまいますわ!」
「大丈夫よ。アベルが一緒だものっ!」
「それは、まあ、全力を尽くしますが……」

*    *    *


 アベルとセリカは、一階の長い渡り廊下――この城は四隅に塔が聳え立っている四角形をしているが、上空から見ると、その一辺を抜いた向かい合う二棟の端が正面玄関のある渡り廊下で結ばれる造りになっていることに気づく――を小走りで突き進んでいた。やはり普段のように貴族や少年兵、それに下働きの者は見当たらず、代わりに警備の兵をそこここに見ることが出来た。
「セリカ様! それにアベルも。何者かが侵入して自室待機の命令が出てることを、まだご存知ないのですか?」
 いかに訓練を積んだ白騎士と言えど、やはり実際に侵入者がいるのといないのでは緊迫感が違うと見える。自室とは逆方向に歩を進める二人に、すれ違う兵士が心配の声を次々と投げかけていく。
「アベルじゃないか。王族には兵士がつくって聞いたけど、だからって姫様を連れて外を出歩くことはないだろう? さあ、早いところ部屋へお連れして!」
 またも引き留められる。その度に冷や汗をかくアベル。
「まって! 私、イゾルテに呼ばれているの。急いで行かないと酷い目にあっちゃうから、ね?」
 だが、自分とは対照的にセリカは怯まずにこう言うのだった。「しかし……」と言い淀む兵士にわざとらしく――これもあくまでアベルから見てだが――上目遣いで「お願いねっ」と残して先を急ぐ。
(目的を果たすための嘘はお上手なのですね……いや、演技と言うべきか)
 我が主ながら恐れ入った、などと半ば呆れに近い感嘆の念を抱きつつ進んでいると、目的地の「白雪の間」に辿り着いた。セリカの部屋のある棟から渡り廊下をひた過ぎ、突き当りを右に曲がって二つ目の部屋である。
 やけに静かだ。
 目的地に着いたはいいものの、中からは何の気配も感じられない。ゆっくりと扉を開けるけれども、やはりもぬけの殻だった。
「アリーシャの言ったとおり、もうお話は終わっちゃったみたいね。ということは、部屋に戻っているはずね」
「そうかもしれませんね。しかし……」
 アベルは近くにいた見廻りの兵士が通り過ぎるのを待って、小声で
「この警備では迂闊に部屋に近づくこともできませんよ?」
 と囁いた。けれどもセリカは諦めない。
「でも、行ってみるだけ行ってみてもいいでしょう? もしも無理そうだったら、イゾルテに会いに行きましょうよ、本当に。同じ大臣なんだから、何か知っているかもしれないわ。知らなくたって、私たちが立ち寄ることに不審な点なんてないもの」
「――確かに、仰るとおりですね。そうですね、イゾルテ様のお部屋はビクトール様のお部屋の向かい側。もしもの時には逃げ込ませていただくことにしましょう」
 アベルも逃げ場があるという点で、この話を承諾することにした。イゾルテの所なら、安心して駆け込むことが出来るのだ。
 イゾルテは確かに厳格で、お仕置きなどには手加減の欠片も見られない……が人間的には、厳しい中にも相手を想う優しさのある人物だとアベルは思っている。幼い頃にセリカの家庭教師を務め、今では教育学長という忙しい立場にありながら、小さな相談事にも真摯に取り組んでくれる。貴族でもない捨て子のアベルを王女の従者に選ぶような、お堅い高官の中でも珍しい存在。つまり、自分にとって信頼の置ける人物なのだ。
 そうと決まれば即行動、セリカが今いる廊下を来た方とは逆の方向に歩き始めた。勿論アベルも後に続く。
 こちらの棟の一階には「白雪の間」の他にも「白百合の間」「白鳥の間」といった多目的部屋、小休憩室、客人の間などがあり、それらの幾つかを通り過ぎると左に階段の小部屋――そう、狭い部屋状になっている空間――を臨むことが出来る。度々兵士に声をかけられたが、その数が徐々に減っていることに気づかないまま二人は二階へと辿り着いた。

 アベルとセリカがそのことに気がついて驚いたのは、二階に着き、階段のある小部屋から用心深く廊下に顔だけを出して左、右と見渡した時であった。
 なんと、この階には一人として巡回兵が見受けられないのだ。そして、その代わりに小太りの小男と側近の兵、それに同じく兵を従えた――
「お父様……!」
つまり、オパール国王の姿を目にすることとなった。



update : 2005 1/21 〜 1/28
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